スプーンひとさじのしあわせ

京都府宇治市在住。2021年にうつ病を患いましたが、なんとか生きています。思ったことをありのまま、マイペースにゆるっと綴ってます。

わたしの不登校経験談、しゃべります。

何度かブログに書いてきたけど、わたしには不登校経験がある。中学の途中でほとんど教室には行かなくなり、高校も退学し、引きこもり同然の生活を送っていた。

 

 わたしが一番最初に不登校になってから、今年でちょうど10年が経つ。

が、ここ数年の、大学に入って闇を抜け始めた頃のわたししか知らない人はみんな、わたしが長年不登校で病んでいたという事実を絶対に信じてくれない。

 

「ゆきちゃんが不登校だったなんて信じられない」

「とてもそんなふうに見えない」

 

そう言われる。

ありがたい反面、なんだかちょっと、モヤモヤする。

 

たしかに今のわたしはわりと明るいし、毎日陽気に暮らしてるし、とてもそんな、長年不登校と引きこもりをやっていた人には見えないなあ、、、と、自分でも思うときがある。

でも、今のわたしがいるのは間違いなく、あの辛く苦しい地獄のような日々を経験してきたからである。だからなんとなく、「陽」のわたししか知らない人にそう言われると、わたしの本当の部分というか、根っこにある「陰」の部分もちゃんと見て欲しいなあと、、、そう思うことがわりとある。

 

人に限らずモノでも出来事でもなんでもそうだけど、どんな物事にも必ず「陰」の部分と「陽」の部分がある。もっと言えば、ふたつが重なり合った「グレーゾーン」というのも存在する。

そこをちゃんと理解して、いろんな方面から注意深く観察しない限り、物事の本質は見えてこない。だから、どれかひとつにしか目を向けずに偏った見方をすると、一気に話がややこしくなって誤解がうまれる。

 

わたしは、今までの24年の人生のほとんどを、人に誤解されながら過ごしてきた。

それは、「周囲の人間がわたしのことを偏った見方しかせず、変なレッテルを貼っていたから」(あとで詳しく説明する)である。

が、その根本的な原因は、わたしが自分の意見や考えをほとんど人に発信せず、自分の本心を常にひた隠しにしながら生きてきた、、、というところにある。

本当はわたしもちゃんと自分の意見や考えを伝えたかったし、「ありのまま」で生きたかった(アナ雪か)。

でも、それができない理由というのが大きくわけて3つあった。

 

1つ目は、過保護な両親にかなりの“守り体制”で育てられたがゆえに、「リスクのあることはなるべくしないほうがいい」ということを、幼い頃から自然に感じ取っていたからである。

自分の意見や考えを述べること、そして、自分の気持ちに正直に生きることというのは、それ相応のリスクを伴う。周りに批判され、傷つくこともあるかもしれないし、逆に人を傷つけてしまう場合もある。

だからわたしは、「余計なリスクを背負うくらいなら、本心をひた隠しにしてひっそりと生きていよう」と思って、昔からほんとに、必要最低限のことしか言葉を発さず、誰にも本心を見せずに暮らしてきた。

 

で、後に「それじゃいかん」ということに気がついて、徐々に自分の意見や考えを人に伝えてみたり、自分の「ありのまま」の姿を徐々に解放して生きるようにシフトチェンジしていったのだけど、まあ〜〜〜ものの見事に誰もわたしの意見を受け入れてはくれなかった。し、いろ~~~んな人から侮辱された。「ありのまま」の自分をさらけ出したことで、離れていった人も少なくなかった。

べつにわたしの意見が万人に受け入れられるとは思っていなかったし、離れていく人の1人や2人はいて当然だろうと思っていた。だからたとえ少数でも、わたしのことを受け入れてくれる人がいればそれで良いと思っていた。

でも、誰もわたしの味方をしてくれる人はいなかった。「誰も」というのはちょっと言い過ぎかもしれないけど、本当に9.9割の人がわたしの敵!みたいな感じだったから、「やっぱり全部1人で抱えて生きてたほうがよっぽど気楽やんか」と思った。

で、そっからまた心の扉を閉ざし、偽りの仮面を被って生きるようになった。

というのが、2つ目の理由である。

 

もう1つの理由は、ぶっちゃけた話、人に自分を理解してもらうことを諦めたからである。

わたしはずっと、周囲の大人および数少ない友だちに、

「10代そこそこのちょっと小生意気な娘」

不登校とかいう甘えでしかないことを何年もやってる人」

という、かなり偏見のあるレッテルを貼られていた。

まあそれはわたしがずっと、自分のことを何も話さなかったからだと言われたらそれまでだけど、結局そういう人たちに対しては、何を言っても何をしても“無駄”=誤解が解けない状態だった。言ってみればもう手遅れだったのである。

そのことに気づくのには随分と長い時間がかかったのだけど、それからのわたしは、ほんとにいろんなことを諦めた。というより、「どうしたら誤解を解けるのか」を考えるのがもはやめんどくさくなってきたし、結局、「いろんなことを諦めて偽りの仮面を使って適当にやり過ごす」ことが、わたしにとっては一番気楽で健康的なんだろうなと思った。

 

、、、というような理由で、わたしはこの24年の人生を、偽りの仮面とともに過ごしてきた。

 

今のわたしは、昔のことを思えば随分と人に自分の意見を人に言えるようになったし、偽りの仮面の被る機会も段々と減ってきた。けどやっぱり、まだ仮面は手放せないし、がちがちにブレーキを踏んで「ありのままの自分」を封印してしまうときというのもたくさんある。だから今でも、人に自分のパーソナリティを誤解されて悲しむことというのはわりと多い。

 

でも、もうそろそろ、人に誤解されてばかりの人生はこのくらいで終わりにしたいと思った。

べつにもう、どうなってもいい。わたしの「ありのまま」を知って離れていく人はそれでいいし、批判したけりゃ勝手にすればいい。変な話、傷つくことにはもう慣れているし、メンタル回復の仕方をこの24年である程度マスターした今のわたしには、ぶっちゃけこわいものなど何もない。

だからとりあえず、わたしが心に溜めているいろんな考えや感情を、その時々で、マイペースに、得意の文章で表現してみよう、、、。

 

そう思って始めたのが、このブログだった。

「コロナで暇になったから」「大学院生として文章力を鍛えたい」というのが、わたしがブログをひっそりと始めた公の理由(笑)だったけど、じつは「勇気を出して、自分の意見や考えを世に発信する練習をする」というのが、このブログを始めた一番の理由であり、裏テーマだった。

 

ブログを始めてから、「いつか自分の不登校のことをちゃんと書きたい」というのはなんとなく思っていた。それが一番、わたしにとってはいろんな意味で“修行”になると思っていたからだ。

で、なんか、最近になって急に「そのタイミングは今なんじゃないか、、、」と思い始めてきた。ので、今日は一大決心をして、この記事を更新をしている。

闇を抜けて、大学院生として日々研究に励んでいる今のわたしは、昔みたいに生意気な小娘だとか不登校児の戯言だとか言われる筋合いもないし、たぶん大丈夫だと思う。

 

なぜわたしは、不登校になったのか。
そして、どういう経緯を経て大学進学までこぎつけ、今のわたしがいるのか。
 
正直、どのくらいの分量になるかわからないし、書く内容もおおざっぱにしか決めていない。まあでも、この10数年の出来事を事細かに書いていたらたぶん、2年くらいかかる気がするので(笑)あんまり重くならない程度に、
「ゆるっと、ざっくりと、軽やかに。」
を目標に、心のままに書いてみることにする。
教育や不登校関連のことに興味がある人や、単純に暇な人(笑)は、是非お付き合いください。
 

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