スプーンひとさじのしあわせ

京都府宇治市在住。2021年にうつ病を患いましたが、なんとか生きています。思ったことをありのまま、マイペースにゆるっと綴ってます。

わたしの家系は車と縁が深い説。

昨年の夏、わたしは車の免許を取った。

免許を取ってすぐにペーパードライバーになる人も多いけど、わたしはめちゃくちゃ運転をしていて、今ではひとりドライブをするのがわたしの1番の趣味になっている。まあ、わたしの車じゃなくて家族の車を借りて運転してるんだけど。

 

車は完全なる密室なので、誰にも邪魔されず、自分の好きなことをして自由に過ごせる。わたしのようなひとり大好き人間にとっては最高の乗り物だ。それに、運転は意外と頭を使うので、「勉強はきらいだけど頭を使うことが好き」なわたしにとって、車の運転は一種のストレス発散にもなっている。そのへんの道を適当に小一時間くらい走るだけでもかなりストレスが発散されるので、よくAKBや乃木坂のうたを歌いながら1人で意気揚々と運転をしている。

 

今では車のない生活なんて考えられないけれど、わたしがこんなに車大好き女になるなんて、わたし本人はもちろん周囲にいる誰も想像をしていなかった。

というのも、少し前までのわたしは車の免許を取ることが死ぬほどいやだったからである。

 

べつに車を運転できなくても、徒歩と電車とバスだけで十分生きていける。というか、ふつうに考えて、あんな大きな乗り物を人間が操縦しているなんてこわすぎる(笑)だから「車は人に乗せてもらうのが1番いいし1番楽」だと、ずっと思っていた。

しかし、ほとんどの人が時間に余裕がある高校生や大学生の間に教習所に通い、免許をとる。実際、バイト先の先輩や後輩たちも、全員が女の子であったにも関わらず、わたし以外の全員が免許所持者だった。*1

「社会人になってから“やっぱり免許ほしい”と思っても、そんなの絶対時間なくて教習所通えないですよ~」

 あるとき、後輩の子にそんなことを言われた。

「やっぱり、大学生のうちに免許くらいは取っといた方がいいのかな、、、。」

そんなことを、いつだったか、祖父の家に行った時に話したら、「お金あげるから今のうちに取れるものは取っとけ〜」みたいなことを言われ、後日、ほんとに教習所に通うために必要な分のお金をぽんと渡してくれた。「日本酒呑んだ勢いで言ってるだけじゃないの」と思っていたけど、本気だったらしい。

 

お金もらったからには、なんとしてでも行かなくてはいけない。

でも、やっぱり教習所には行きたくない。

でも、行かないと祖父に申し訳ない。

でも、やっぱり運転したくない。

でも、お金もらっ、、、

 

そんなことをぐるぐると考え続けているうちに、気付けば2年半の月日が経っていた。馬鹿だと思う。

 

来年から大学院に進学するとなれば、今よりもっと忙しくなるかもしれない。

それに、社会人として働き出したら、もう絶対に教習所に通おうなんて思わない、、、。

行くなら、今しかない。

べつに免許を取った後に必ず運転しないといけないわけではないし、とりあえず教習所に通うだけ通って、免許だけサクッとと取ってくればいいんだ!!!そうだ!!!そうしよう!!!

 

今から1年前、なぜかわからないけど急にそんなことを思い始めた。そして約2年半、机の引き出しの奥深くに眠っていた大量の福沢諭吉が入った封筒*2を手にし、あれだけ躊躇っていたはずの教習所通いを誰かに導かれるようにしてあっさりとスタートさせてしまった。

 

 死ぬほどいやだった教習所通いは、なんだかんだ楽しかった。場内のときはS字クランクがほんとに苦手で、「こんな変な道路あるわけやろ!このばかちんが!!!」金八先生の再放送の見過ぎである) てな感じで、S字クランクを失敗して試験に落ちる夢を何度も見ていたけど(笑)本番の試験はちゃんと一発で合格できた。

路上に出てからは一気に運転が楽しくなってきて、わりとトントン拍子で卒業まで駆け抜けた。いまのわたしが楽しく運転できているのはきっと、教習が楽しくて、運転に対してプラスの感情を持つようになれたことがものすごく大きく影響していると思う。

 

 
というわけで、あれだけ車や教習所にアレルギーを持っていたわたしがこうして楽しく運転するようになったことを、わたしの周囲にいる人たちみんな驚いている。し、自分でも正直「なにがどうなってこうなったんだ」と思う。

けれど実は、わたしの家系はなにかと車と縁が深い。

 

まず、教習所通いに必要なお金を支払ってくれた父方の祖父。祖父はもともと運送会社で仕事をしていて、毎日ひたすらにトラックを運転していたらしい。そして定年後しばらくは幼稚園バスの運転手として働いてたので、関西地区の道路状況にはめちゃくちゃ詳しい。だから祖父を乗せて運転するときは、ちょっと緊張する。

次にわたしの叔母。叔母は学生時代にガソリンスタンドでバイトをしていて、そこで出会った叔父と結婚した。そしてその叔父は現在、車の販売やメンテナンスをおこなうお店を経営している*3

さらに、ちょっと家系的には遠くなるが、祖母の妹の旦那さん(大叔父)は長い間ずっとタクシーの運転手をやっていた。まだ免許を取ってから会ってないので、今度車で会いに行こうと思っている。

 

そして、母方の祖父は教習所の指導員として仕事をしていた。祖父はわたしが6歳の頃に亡くなっているので、あまり詳しいことは記憶にないけど、よく車でいろんなところに連れて行ってもらったことだけは何となく覚えている。

祖父が指導員の仕事をしていたことは前から知っていたけれど、教習所に通い始めてしばらくした頃、母に衝撃的な事実を聞かされた。

それは、祖父と祖母が出会った場所が、まさかの教習所(!)だったことである。

その話を聞いて、わたしはおったまげた。なんてことだ。そうだったのか。しかも結婚したのは祖母が24のときだなんて、わたし、いま24さいだよ(笑)

これは2019年1番びっくりした話だったと思う。

 

だから、いまのわたしが楽しく運転できているのは、こうして周りに車と縁のある人たちがたくさんいるからなのかもしれないな~と思うし、あれだけいやだった教習所通いが楽しく、良い人たちに恵まれて過ごすことができたのも1つの縁なんだろうなと思う。

じゃあなんでむかしのわたしはあんなに運転に対して否定的だったんだ!!!と思うけど、それはもうむかしのことなのでどうでもいい(笑)

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ドライブ中、満開の桜を見つけてうれしくなり、近くに車を停めて撮影した。こんな桜の楽しみ方ができるのも、免許を取ったからこそである。

今は入院していて運転できないけれど、退院して自宅療養期間が明けたら思う存分運転して、いろんなところに行ってみたい。 

その前に、コロナが早く収束してくれることを心から願う。

 

*1:ちなみに大学の友だちはほとんどいないので、うちの大学の免許事情は全く知らない。

*2:この話をすると、たいていの人に「よくそんな大金を一銭も使わずに何年も置いておいたな!!!」と言われるけど、一度だけ、TDRへ行くのにお金が足りず、使いそうになったことはある。結局使わなかったけど。

*3:この前わたしが駐車場に車をぶつけてこすったときも、父親に内緒で叔父さんに修理をお願いした。買って1週間足らずの車を傷つけ、買った本人に内緒で証拠隠滅を親戚に頼むなんて、我ながら最低な娘である。